京都ツウのススメ

第二百六回 京都の酒

京都の酒

月桂冠内蔵酒造場(写真提供:月桂冠)

平安時代から続く酒どころ京都名水に恵まれた京都は、全国有数の酒どころ。
千年以上にわたる歴史を持つ京都の酒について
「らくたび」の若村 亮さんがご案内します。

基礎知識

其の一、

かつて平安京には酒造りを行う役所があり、宮中用の酒が造られていました

其の二、

酒造りが盛んになった室町時代の京都の市中には、多くの酒屋がありました

其の三、

今も、京都の名水や京都生まれの酒米を使った酒造りが行われています

宮中の行事に使われる酒を醸造

日本で米を原材料とする酒を造り始めたのは、稲作が伝来した縄文時代から弥生時代と考えられています。平安時代には宮内省に所属する造酒司(みきのつかさ)という役所が、酒の醸造を行っていました。宮中行事などを記録した法典『延喜式』には、天皇に献上する御酒(ごしゅ)や官人のための頓酒(とんしゅ)などの製法が記されています。宮中で9月9日に行われていた重陽(ちょうよう)の節句では、厄除けを祈願し、不老長寿の象徴である菊の花を浮かべた菊酒が振る舞われました。

水に恵まれた京都は昔も今も酒どころ

豊富な地下水に恵まれていた京都の市中では、鎌倉時代から酒造りが広まり、室町時代に最盛期を迎えました。安土桃山時代に入ると、豊臣秀吉が伏見城を築いた京都市南部の伏見で酒造りが盛んになりました。桃山丘陵からの伏流水が湧く伏見は、江戸時代初期には宿場町や港町として栄え、酒造家も83軒を数えました。今も、京都府の日本酒生産量は全国2位を誇り、京都市内の酒蔵でも丹精込めた酒造りが行われています。

京の酒 今昔 京の酒 今昔

平安京で造られた酒や、酒と神社の深い関わりなど、京都と酒の歴史をたどってみましょう。

平安時代の酒造りの役所

現在の生涯学習総合センター・京都アスニー(中京区)の敷地には、かつて宮中用の酒の醸造や管理を行った役所・造酒司がありました。原料の米や出来上がった酒を保管したと考えられる高床式倉庫の跡が見つかっています。

ここがツウ

造酒司では、天皇が収穫を感謝する新嘗祭(にいなめさい)に供えられた白酒(しろき)・黒酒(くろき)など、宮中で使われる何種類もの酒を造りました

写真:地面の四角い線と丸い模様が倉庫の柱の跡

地面の四角い線と丸い模様が倉庫の柱の跡

ここがツウ

造酒司では、天皇が収穫を感謝する新嘗祭(にいなめさい)に供えられた白酒(しろき)・黒酒(くろき)など、宮中で使われる何種類もの酒を造りました

酒屋が増えた室町時代

室町時代、京都の市中には酒の醸造や販売を行う酒屋が340軒以上もありました。中心部では、地中に酒甕(さかがめ)を据え付けた穴や井戸の跡など室町時代の遺構が発見されています。

ここがツウ

室町時代の公家は、10人ずつ2組に分かれて3種類の酒の利き酒を行う十種酒や、グループで酒を飲む早さを競い合う十度飲(とたびのみ)などを楽しんだそうです

京都の名水や酒米で醸す酒

名水

京都の酒造りを支えるのが、京都盆地の地下水や桃山丘陵の伏流水です。特に伏見は、地名が伏水(ふしみず、地下水の意味)に由来すると言われるほど水に恵まれ、今も多くの蔵元がこの伏流水を酒造りに使っています。

写真:月桂冠大倉記念館(写真提供:月桂冠)

月桂冠大倉記念館(写真提供:月桂冠)

酒米

京都生まれの酒米である祝(いわい)。精米歩合の高い吟醸酒などに向いており、きめ細やかでやわらかな味わいの酒になると言われています。これは伏見をはじめ京都府下の蔵元だけで使用されています。

写真:田んぼ

酒造りと神社

松尾大社[西京区]

酒造りの技術を持つ秦(はた)氏が松尾大社を氏神としていたことから、酒造りの神様として信仰を集めるようになりました。御神水「亀の井」の水を酒の仕込み水に加えると、酒が腐らないと言われています。

写真:松尾大社

北野天満宮[上京区]

室町時代、北野社(現・北野天満宮)は、酒造りに必要な麹(こうじ)の製造や販売を担う北野麹座として幕府に認められていました。そうした神縁から酒造会社からの崇敬を集め、毎年5月の献酒祭では京都をはじめとした関西の酒造から新酒が奉納されます。

写真:北野天満宮

京の酒造り いろいろ
千利休ゆかりの名水を使用

佐々木酒造
[上京区]

代表銘柄
聚楽第(じゅらくだい)

1893(明治26)年創業。千利休が茶の湯に使ったと言われる「銀明水」と同じ水脈の水を仕込み水に使用しています。代表銘柄の「聚楽第」は豊臣秀吉の邸宅の名前。酒蔵が、聚楽第の南端に位置することにちなんでいます。

写真:佐々木酒造 聚楽第

鴨川のそばで酒造り

松井酒造
[左京区]

代表銘柄
神蔵(かぐら)

現・兵庫県香美町で1726(享保11)年に創業。江戸時代後期に現在の京都市中京区に移り、大正時代の路面電車開通に伴い現在地に移転しました。「御所三名水」の流れを汲む「洗心甘露水」で酒を仕込みます。

写真:松井酒造 神蔵

舟宿の主が造った酒が評判に

北川本家
[伏見区]

代表銘柄
富翁(とみおう)

伏見の豊後橋(現・観月橋)の近くで舟宿を営んでいた初代鮒屋四郎兵衛は、酒造業の免許制が始まった1657(明暦3)年には既に酒造りを行っていたと伝えられています。客のために造っていた鮒屋の酒は評判となり、大坂や江戸にも運ばれました。

写真:北川本家 富翁

ここがツウ

日本で最初に名付けられた酒の銘柄が「柳の酒(柳酒)」です。室町時代に京都の酒屋が造り、公家が贈答品として使うほど人気がありました

制作:2025年10月
バックナンバー
第二百六回 京都の酒
第二百五回 京都の公家(くげ)
第二百四回 自然豊かな山里 大原
第二百三回 京都と七夕
第二百二回 幕末の京都と藩邸
第二百一回 京都と水
第二百回 中国の禅宗を伝える萬福寺
第百九十九回 京都画壇と美人画
第百九十八回 京都の山
第百九十七回 京都と豆腐
第百九十六回 南座と歌舞伎
第百九十五回 京都の巨木
第百九十四回 京都と将棋(しょうぎ)
第百九十三回 秋の京菓子
第百九十二回 京都の植物
第百九十一回 京都の風習
第百九十回 幻の巨椋池(おぐらいけ)
第百八十九回 京都と魚
第百八十八回 京都とお花見
第百八十七回 京の歌枕(うたまくら)の地
第百八十六回 京都の地ソース
第百八十五回 『源氏物語』ゆかりの地
第百八十四回 京の煤払(すすはら)い
第百八十三回 京都の坪庭(つぼにわ)
第百八十二回 どこまで分かる?京ことば
第百八十一回 京都の中華料理
第百八十回 琵琶湖疏水と京都
第百七十九回 厄除けの祭礼とお菓子
第百七十八回 京都と徳川家
第百七十七回 京の有職文様(ゆうそくもんよう)
第百七十六回 大念仏狂言(だいねんぶつきょうげん)
第百七十五回 京表具(きょうひょうぐ)
第百七十四回 京の難読地名
第百七十三回 京の縁日
第百七十二回 京の冬至(とうじ)と柚子(ゆず)
第百七十一回 京都の通称寺
第百七十回 京都とキリスト教
第百六十九回 京都の札所(ふだしょ)巡り
第百六十八回 お精霊(しょらい)さんのお供え
第百六十七回 京の城下町 伏見
第百六十六回 京の竹
第百六十五回 子供の行事・儀式
第百六十四回 文豪と京の味
第百六十三回 普茶(ふちゃ)料理
第百六十二回 京都のフォークソング
第百六十一回 京と虎、寅
第百六十回 御火焚祭
第百五十九回 鴨川の橋
第百五十八回 陰陽師(おんみょうじ)
第百五十七回 京都とスポーツ
第百五十六回 貴族の別荘地・伏見
第百五十五回 京都の喫茶店
第百五十四回 京の刃物
第百五十三回 京都の南蛮菓子
第百五十二回 京の社家(しゃけ)
第百五十一回 京都にゆかりのある言葉
第百五十回 京のお雑煮
第百四十九回 京の牛肉文化
第百四十八回 京の雲龍図(うんりゅうず)
第百四十七回 明治の京都画壇
第百四十六回 京の名所図会(めいしょずえ)
第百四十五回 ヴォーリズ建築
第百四十四回 島原の太夫(たゆう)
第百四十三回 京の人形
第百四十二回 京の社寺と動物
第百四十一回 鳥居(とりい)
第百四十回 冬の食べ物
第百三十九回 能・狂言と京都
第百三十八回 京都と様々な物の供養
第百三十六回 京都とビール
第百三十五回 京都と鬼門(きもん)
第百三十四回 精進料理
第百三十三回 明治時代の京の町
第百三十二回 皇室ゆかりの建物
第百三十一回 京の調味料
第百三十回 高瀬川
第百二十九回 蹴鞠
第百二十八回 歌舞伎
第百二十七回 京都に残るお屋敷
第百二十六回 京の仏像 [スペシャル版]
第百二十五回 京の学校
第百二十四回 京の六地蔵めぐり
第百二十三回 京の七不思議<通り編>
第百二十二回 京都とフランス
第百二十一回 京の石仏
第百二十回 京の襖絵(ふすまえ)
第百十九回 生き物由来の地名
第百十八回 京都の路面電車
第百十七回 神様への願いを込めて奉納
第百十六回 京の歴食
第百十五回 曲水の宴
第百十四回 大政奉還(たいせいほうかん)
第百十三回 パンと京都
第百十二回 京に伝わる恋物語
第百十一回 鵜飼(うかい)
第百十回 扇子(せんす)
第百九回 京の社寺と山
第百八回 春の京菓子
第百七回 幻の京都
第百六回 京の家紋
第百五回 京の門前菓子
第百四回 京の通り名
第百三回 御土居(おどい)
第百二回 文学に描かれた京都
第百一回 重陽(ちょうよう)の節句
第百回 夏の京野菜
第九十九回 若冲と近世日本画
第九十八回 京の鍾馗さん
第九十七回 言いまわし・ことわざ
第九十六回 京の仏師
第九十五回 鴨川
第九十四回 京の梅
第九十三回 ご朱印
第九十二回 京の冬の食習慣
第九十一回 京の庭園
第九十回 琳派(りんぱ)
第八十九回 京の麩(ふ)
第八十八回 妖怪紀行
第八十七回 夏の京菓子
第八十六回 小野小町(おののこまち)と一族
第八十五回 新選組
第八十四回 京のお弁当
第八十三回 京都の湯
第八十二回 京の禅寺
第八十一回 京の落語
第八十回 義士ゆかりの地・山科
第七十九回 京の紅葉
第七十八回 京の漫画
第七十七回 京の井戸
第七十六回 京のお地蔵さん
第七十五回 京の名僧
第七十四回 京の別邸
第七十三回 糺(ただす)の森
第七十二回 京舞
第七十一回 香道
第七十回 天神さん
第六十九回 平安京
第六十八回 冬の京野菜
第六十七回 茶の湯(茶道)
第六十六回 京の女流文学
第六十五回 京の銭湯
第六十四回 京の離宮
第六十三回 京の町名
第六十二回 能・狂言
第六十一回 京の伝説
第六十回 京狩野派
第五十九回 京寿司
第五十八回 京のしきたり
第五十七回 百人一首
第五十六回 京の年末
第五十五回 いけばな
第五十四回 京の城
第五十三回 観月行事
第五十二回 京の塔
第五十一回 錦市場
第五十回 京の暖簾
第四十九回 大原女
第四十八回 京友禅
第四十七回 京のひな祭り
第四十六回 京料理
第四十五回 京の町家〈内観編〉
第四十四回 京の町家〈外観編〉
第四十三回 京都と映画
第四十二回 京の門
第四十一回 おばんざい
第四十回 京の焼きもの
第三十九回 京の七不思議
第三十八回 京の作庭家
第三十七回 室町文化
第三十六回 京都御所
第三十五回 京の通り
第三十四回 節分祭
第三十三回 京の七福神
第三十二回 京の狛犬
第三十一回 伏見の酒
第三十回 京ことば
第二十九回 京の文明開化
第二十八回 京の魔界
第二十七回 京の納涼床
第二十六回 夏越祓
第二十五回 葵祭
第二十四回 京の絵師
第二十三回 涅槃会
第二十二回 京のお漬物
第二十一回 京の幕末
第二十回 京の梵鐘
第十九回 京のお豆腐
第十八回 時代祭
第十七回 京の近代建築
第十六回 京のお盆行事
第十五回 京野菜
第十四回 京都の路地
第十三回 宇治茶
第十一回 京菓子の歴史
第十回 枯山水庭園の眺め方
第九回 京阪沿線 初詣ガイド
第八回 顔見世を楽しむ
第七回 特別拝観の楽しみ方
第六回 京都の着物
第五回 仏像の見方
第四回 送り火の神秘
第三回 祇園祭の楽しみ方
第二回 京の名水めぐり
第一回 池泉庭園の眺め方