京都ツウのススメ

第九十九回 若冲と近世日本画

[奇想の画家・伊藤若冲と京の日本画] 生誕300年を迎えた画家・若冲。今も人々を魅了する作品の数々と、その時代を代表する日本画家たちを若村亮さんが案内します。 伊藤若冲 花鳥図押絵貼屏風(左隻) 細見美術館蔵

京の鴨若冲と近世日本画の基礎知識

其の一、
室町時代、狩野派の絵師たちが大和絵を元に日本画を確立しました
其の二、
江戸時代中期、京都で若冲をはじめとする日本画家たちが活躍しました
其の三、
大胆な発想と彩色が特徴的な若冲の絵画は人気を博しました

好奇心と流行から発展した日本画

室町時代、狩野派の絵師たちは日本古来の大和絵をもとに装飾性を加えて日本画として確立させました。江戸時代中期になると、公家や武士などを相手に描いていた彼らがより洗練した画風を求めるようになったことと、経済的に豊かになった民衆が芸術などの娯楽に触れ、斬新で個性ある絵画を求めたことで、日本画は誰にでも親しみやすい芸術として広まりました。そして、中国の元・明の教養人が描いた絵画・文人画に影響を受け、独自に絵を学ぶ画家が多く現れます。その中で、伊藤若冲をはじめとした様々な画風を融合させた画家たちの作品が流行しました。

京都で活躍した名画家たち

江戸時代中期、文人画を新たな画風として大成させたのが、京都で活躍した池大雅(いけのたいが)と与謝蕪村(よさぶそん)です。また、大胆な発想と彩色、水墨を駆使した絵画を描く伊藤若冲や曾我蕭白(そがしょうはく)、遠近法や明暗法を用いた技法で注目された円山応挙(まるやまおうきょ)なども登場。狩野派の画法に留まらない個性的な絵を描き、また多くの弟子も輩出したことで日本画を発展させました。

京都・百花繚乱(ひゃっかりょうらん)たる時代 江戸時代中期の京都では、独創性にあふれた個性的な画家たちが競い合うように日本画を描いていました。人気を博した若冲をはじめその時代の代表する画家の作品を紹介します。

現実と想像を巧みに融合させた奇想の画家 伊藤若冲 (1733〜95年)

1716(正徳6)年に、京都・錦小路にある青物問屋「桝屋」の長男として生まれました。23歳で家業を継ぎ、4代目当主となりますが、絵画制作に没頭し、商売や娯楽にはあまり関心を持たなかったため、40歳で家業を弟に譲り、画業に専念します。独学ながら様々な技法を駆使した画風と彩色が特徴的な絵画は、当時大きな評判を呼びました。1788(天明8)年、京都の大火で被災し、一時は大阪に滞在していましたが、晩年は京都・深草の石峰寺門前に隠居、絵を描くことに力を注ぎ続け、独身のまま84歳で生涯を終えました。

動植物を細部まで忠実に描写するため、若冲は自宅の庭で数十羽の鶏を飼い、1年間朝から晩まで観察。その後、2年かけて鶏の絵を描いたとされています

ココがツウ

雪中雄鶏図
糸瓜群虫図(部分)
鼠婚礼図(部分)

羽の先まで緻密(ちみつ)に描き込まれた鶏や、葉先の虫食いまでを詳細に表現した植物など、見る人を圧倒する画力を持つ若冲の作品。その一方で、野菜を擬人化させた絵や、のんびりかわいらしい人形の絵などユーモラスな作品もあります。

ココがツウ 1771年(明和8)年、実家のある錦市場が営業停止に追い込まれるという事態に。その時は営業許可をめぐり町のために好きな絵を封印して積極的に活動したそうです

※細見美術館蔵
文人画を日本に広めた名匠 池大雅 (1723〜76年)
柳下童子図屏風 京都府立総合資料館蔵 (京都文化博物館管理)

京都の下級町人の家に生まれ、幼少より書の才能を認められて神童と評されていました。画風は、大らかな線描と明るく澄んだ彩色が特徴で、日本各地を巡って自然を詩情豊かに描き上げてきました。一方で、中国的な主題の絵画も得意とし、気品ある作品を残しました。

ココがツウ 若冲と親交があり、一緒に観梅に行ったり、花見の約束をするなど、頻繁に連絡を取り合っていた画家仲間でした

新しい風を呼び起こすほどの才能 円山応挙(1733〜95年)
雪松図屏風(右隻) 三井記念美術館蔵

丹波の穴太村(現・京都府亀岡市)の農家に生まれ、10代で京都の玩具商に奉公。狩野派の絵師・石田幽汀(いしだゆうてい)に絵を学びました。その後、多くの弟子や他の画家たちに影響を与えたとされる忠実な写実画や西洋絵画の遠近法を習得しました。京都では上層町人たちを中心に支持され、絶大な人気を誇りました。

制作:2016年7月
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