
第135回
京都と鬼門(きもん)

第135回
京都と鬼門(きもん)

平安京の鬼門に鎮座する比叡山
京阪的京都ツウのススメ
第135回 京都と鬼門(きもん)
京の街と鬼門
風水の考え方に沿って造られた平安京。鬼の通り道として避けられてきた鬼門の方角には、都の災い除けの役割を担う社寺があります。らくたびの山村純也さんがそのいくつかをご紹介します。
京都と鬼門の基礎知識
其の一、
平安京は、風水の考え方のひとつ「四神相応」に基づき造営されました
其の二、
鬼門とは北東の方角を指し、風水では縁起の悪い方角とされます
其の三、
京都の街には今も鬼門除(よ)けの風習が多く見られます
四神相応の考え方に沿った平安京
794(延暦13)年、都が現在の京都市に移されました。この地が選ばれた理由のひとつに、地形が古代中国から伝わった風水の考え方「四神相応」に合致していたことが挙げられます。四神とは、青龍(東)・白虎(西)・朱雀(南)・玄武(北)という4つの方角を守る神獣のことで、それぞれに川・道・池・山を象徴しているとされます。京都では鴨川・山陰道・巨椋(おぐら)池・船岡山がそれに当たり、運気の良い地形だとされていました。
災難を避けるための知恵
日本で独自の発展を遂げた風水。中国では北東の方角に「鬼門」と呼ばれる鬼の村があったとされますが、日本では北東からは災難がやってくると言われており、北東の方角を鬼門と呼びます。また、南西の方角は裏鬼門と呼ばれ、同じく不吉な方角とされています。平安京の造営時には、都を守る役割として鬼門・裏鬼門の位置に社寺を配置しました。また、鬼門除けの知恵は今も民家などに見られ、京都では大切にされている風習のひとつだと言えます。
平安京の鬼門除け
風水の考え方をベースに造られた京の都。災厄から都を守るために鬼門の方角に置かれた神社やお寺があり、それらには様々な災い除けの知恵が見られます。
鬼門

平安京の鬼門に鎮座する比叡山
平安京から北東の方角には比叡山があり、山一帯を寺域とする延暦寺は、都の鬼門除けの役割を持つとされています。
赤山禅院(せきざんぜんいん)/左京区

平安京の北東に当たる場所に立つ古刹。都の鬼門を鎮護する寺院として古くから信仰を集めています。拝殿の屋根の上には猿の像が置かれています。
吉田神社/左京区
平安京の北東にある吉田山に立つ神社。山そのものが都を守護し、神が宿る山として崇められました。
幸神社(さいのかみのやしろ)/上京区

京都御所から北東の方向にある神社。794(延暦13)年に鬼門除けの守護神として建立されたと伝えられます。本殿の北東角には木彫りの猿の像があります。
京都御所/上京区

政治の中心であり、天皇の住まいでもあった京都御所。御所を囲む塀の北東部分には角がありません。これは「ツノ(角)を取って鬼を封じる」という考えからくる鬼門除け。軒下には魔除けの力を持つと言われる猿の木彫りが置かれていることから、この場所は「猿ヶ辻」と呼ばれています。
「猿ヶ辻」の猿は、御所の鬼門を守る日吉大社(滋賀県大津市)の使いと言われています。日吉大社の猿は「神猿(まさる)」と呼ばれ、「魔が去る」に通じることから鬼門除けになるのだそう。ただ、猿ヶ辻の猿は夜な夜な抜け出してはいたずらをするので、金網の向こうに閉じ込められたと伝えられています
壬生寺(みぶでら)/右京区
平安時代には白河天皇に厚く信仰され、天皇の発願により節分厄除大法会が始められました。
壬生寺と吉田神社は、ともに節分祭で有名。豆まきには「魔を滅する」という意味があるとも言われます
石清水八幡宮/八幡市

平安京の南西の方向にある男山に鎮座する神社。対面の比叡山延暦寺とともに王城鎮護の神として崇められてきました。鬼門除けのため、本殿の北東角は欠けた形になっています。
裏鬼門

南西の方角。鬼門同様、縁起の悪い方角とされます。裏鬼門という考え方は古代の中国にはなく、日本独自のものです。
今も京都の街なかにみられる鬼門除け
南天

南天は「難を転じる」と言われることから、鬼門によく植えられます。
南天のほかに笹、竹が植えられることも。竹や笹は節でつながっていることから、「物事が続く」と縁起の良い植物だと言われます
白石

建物の鬼門の位置を小さく区切り、白い石を敷き詰めます。
飾り瓦

大きな寺院などでは鬼瓦を北東の建物に付けますが、一般の家庭では、その代わりとして鬼門の方角に飾り瓦を置きます。
※「鬼門除け」は、「鬼門封じ」と呼ばれることもあります

ナビゲーターらくたび 山村 純也さん
らくたびは、京都ツアーの企画を行うほか、京都学講座や京都本の執筆など、多彩な京都の魅力を発信しています。
制作:2019年7月

