
第154回
京の刃物

第154回
京の刃物

京阪的京都ツウのススメ
第154回 京の刃物
京文化を支えてきた刃物
京都には古くから伝わる様々な文化があります。それらを支えてきた刃物やその役割についてらくたびの若村亮さんが解説します。
京の刃物の基礎知識
其の一、
刃物には武器である刀剣をはじめ道具としての包丁・鎌などがあります
其の二、
京都の文化や伝統産業の中では様々な刃物が使われています
其の三、
京都には鍛冶職人ゆかりの町名も残されています
武器や道具として作られた刃物
刃物には、武器である刀剣をはじめ、包丁、鉋、鎌のように何かを切ったり削ったりするための道具があります。その歴史は旧石器時代の石器に始まり、やがて青銅製や鉄製のものが誕生。日本では弥生時代後期から古墳時代にかけて鉄製の武器や道具が作られるようになったと言われます。平安京遷都の際には鍛冶の技術を持つ職人が都へ集まりました。また平安京には、太刀や金属の加工品を販売する官営市場がありました。
刀工や鍛冶職人ゆかりの地も残る
京都は、出雲地方(現・島根県)の砂鉄や玉鋼(たまはがね)、鳴滝(右京区)の砥石など、刃物造りに必要な原材料が集まりやすいこともあり、室町時代中期頃からは鍛冶の町としても栄えました。京都市内には鍛冶職人が集まっていたと思われる「鍛冶屋町」「鍛冶町」という町名が残るほか、平安時代の刀工・三条小鍛冶宗近ゆかりの地もあります。また現在も、京料理や華道といった伝統的な文化の中で専門性の高い刃物が大きな役割を果たしています。
伝統文化の中で使われる刃物
京料理の食材を切る包丁や、いけばなのための花鋏など、いろいろな場面で使われる刃物をご紹介します。
【包丁】京料理

切れ味の良さが、食材の味わいや舌触りに影響すると言われる包丁。和食では刺身包丁や出刃包丁など、用途に合わせて包丁が使い分けられます。京都の夏の味覚であるハモ料理には鱧切り包丁と言われる骨切包丁が使われます。ずっしりとした重みを利用し、皮1枚を残しながら、硬い骨を細かく切り食べやすく調理します。
包丁と箸だけを使い、手を触れることなく魚をさばいて盛り付ける儀式を「庖丁式」と言います。吉田神社(左京区)の境内には、吉祥を表すこの儀式の創始者と言われる平安時代の貴族・藤原山蔭(やまかげ)をまつる山蔭神社があります
【花鋏(はなばさみ)】華道

写真:華道家元池坊総務所
華道としてのいけばなは、室町時代に京都・六角堂の住職を務めていた池坊専慶(せんけい)、専応(せんのう)によって成立しました。日本最古の流派である池坊のいけばなに使われるのは池坊鋏。ハサミの形は、奈良県の正倉院に残されている金銅剪子(こんどうせんし)というハサミが元になったと言われます。持ち手の端に蕨のような曲線があり蕨手(わらびて)とも言われます。
【鉋(かんな)】漬物

写真:京つけもの 西利
聖護院かぶを使った、京都の冬の漬物が千枚漬。「千枚」と言われるほど薄く切る作業を「かんながけ」と言います。直径約15cmの大きな聖護院かぶを薄切りにするために使われるのは鉋。幅約30cm、長さ約70cmの木製の台に刃がついたもので、これを使い1枚約2~2.5mmにスライスされます。
【香割(こうわり)道具】香道

写真:山田松香木店
香道の基本である「聞香(もんこう)」は、“香木”と言われる樹木そのものの香りを楽しむもの。室町時代に八代将軍足利義政の下でその様式の基礎が整えられました。聞香に使用する一辺3~5mmほどの香木を截(き)り出す際に使われるのが香割道具。小ぶりながらも精巧な鋸(のこぎり)や鑿(のみ)などが用いられます。
【鎌(かま)】北山杉

写真:京都北山丸太 生産協同組合
室町時代に植林が始まったと言われる北山杉は、桂離宮や修学院離宮にも使われている銘木です。まっすぐで表面にフシの無い木肌の丸太にするための手入れに使われるのが、枝打ち鎌です。3年に1度、職人が枝に登り刃先の短い専用の枝打ち鎌を使って、枝を打ち落とします。
刃物に欠かせない砥石(といし)
刃物の切れ味を保つために必要なのが「研(と)ぎ」。右京区で採掘される岩石は適度な硬さや吸水性があり、仕上げ用の砥石として最高級の「鳴滝砥石」として知られていました。また「鳴滝砥石」は日本地質学会により、京都府の都道府県の石にも選ばれています。

福王子神社(右京区)では、かつて拝殿に鳴滝砥石を使った扁額(へんがく)が掲げられていました。幅約140cm、高さ約50cm、重さは約150kgで、日本で最大の砥石とも言われます
※見学は要事前予約
平安時代の刀工・三条小鍛冶宗近(むねちか)
一条天皇の命で打った名刀
日本で反りのある刀が作られ始めたのは平安時代中期。京都では刀工・三条小鍛冶宗近が活躍していました。一条天皇から名刀を作るよう命ぜられた宗近を、稲荷神社の使いの狐が手伝い、名刀「小狐丸(こぎつねまる)」が完成したという伝説があります。
宗近の邸宅があった粟田口(あわたぐち)鍛冶(かじ)町

鍛冶神社
東山区には、三条小鍛冶宗近をはじめ刀鍛冶が住んだと考えられる粟田口鍛冶町という町名があります。その周辺には、粟田神社の末社で宗近らをまつる鍛冶神社や、宗近が用いたとされる井戸「小鍛冶の井」が三門前に残る知恩院があります。
祇園祭の「長刀鉾(なぎなたほこ)」は、鉾先に大長刀を付けていることがその名の由来です。かつて大長刀には、三条小鍛冶宗近作の刀が使われていたと言われています

ナビゲーターらくたび 若村 亮さん
らくたびは、京都ツアーの企画を行うほか、京都学講座や京都本の執筆など、多彩な京都の魅力を発信しています。
制作:2021年5月

