
第203回
京都と七夕

第203回
京都と七夕

貴船神社の七夕飾り
京阪的京都ツウのススメ
第203回 京都と七夕
京都に息づく七夕の風習
7月7日の七夕の歴史は古く、その始まりは奈良時代にさかのぼります。
今回は七夕の起こりと、今も京都に残る風習を「らくたび」の森 明子さんが解説します。
京都と七夕の基礎知識
其の一、
京都の七夕の歴史は、宮中行事から始まったと考えられています
其の二、
宮中の七夕行事、乞巧奠(きっこうてん)は今も京都の冷泉(れいぜい)家で受け継がれています
其の三、
江戸時代の七夕飾りには神具に使われる梶(かじ)の葉が下げられていました
3つの事柄が融合して生まれた七夕
七夕は、奈良時代に中国から伝わった織姫(おりひめ)伝説と、その織姫にあやかって技芸の上達を願う行事・乞巧奠、そして日本に古くから伝わる棚機津女(たなばたつめ)の伝承が合わさったものだと考えられています。平安時代には平安京の宮中でも乞巧奠が行われるようになり、それが次第に広がって庶民にも親しまれる風習となりました。京都の和歌の家として知られる冷泉家では、今も旧暦の七夕になると乞巧奠を行っています。
七夕飾りに飾られたのは梶の葉
七夕が広く親しまれるようになったのは江戸時代。それ以降、特に織物で知られる京都・西陣では盛んに七夕行事が行われてきたと言います。さて、現代の七夕飾りと言えば色とりどりの短冊を下げたものを思い浮かべますが、江戸時代の京都では、梶の葉を飾っていました。梶の葉は神前の食器に使われるなど古来神聖なものだったことがその理由かもしれません。今回は、京都に伝わる七夕の風習をご紹介しましょう。
七夕のルーツ
七夕は、中国の行事と伝説、そして日本に古くから伝わる伝承から生まれました。
織姫(おりひめ)と牽牛(けんぎゅう)の神話
日本でもよく知られている織姫と牽牛のお話は、中国の神話です。
棚機津女(たなばたつめ)の伝承
棚機津女とは、神の衣を機で織る女性のこと。棚機津女の織った布を神に捧げ、禊(みそぎ)を行うことで、災厄から逃れられると言われていました。
乞巧奠(きっこうてん)

写真:冷泉家時雨亭文庫
織姫にあやかって裁縫や技芸の上達を祈る行事です。奈良時代、中国から伝わり、平安時代には宮中の節会(せちえ)となりました。宮中では御所の庭園にふたつの机を並べ、その上に野菜や果物を並べて、織姫と牽牛の再会を祈ったそう。京都・冷泉家では旧暦の七夕に、今も古式ゆかしく乞巧奠が行われています。
京都に伝わる七夕飾りと行事
江戸時代には庶民の間にも広がった七夕。
京都の七夕飾りは現在とは少し違うものでした。
飾り

拾遺都名所図会「七夕梶葉流」国際日本文化研究センター蔵
江戸時代、京都では梶の葉をつけた七夕飾りがよく見られました。古来、梶の葉は神前へのお供物の食器に使われたり、祭具に用いられたりする神聖なものだったことが梶の葉を飾る理由ではないかと考えられます。

梶の葉
宮中の乞巧奠では梶の葉に和歌を書いていたとされ、それが庶民に広がったものが、やがて短冊になったとも言われています
食べ物
七夕と言えば、そうめん。この風習は江戸時代にはすでにあり、武士も町人もそうめんを食べ、また贈り合っていました。今も京都では天の川に見立てた七夕そうめんが学校給食などで提供されるところがあります。

塩芳軒の生菓子
「索餅(さくへい)」
※要予約
写真:塩芳軒
そうめんのルーツは奈良時代に中国から伝えられた唐菓子「索餅(さくべい)」だと言われています。京都の和菓子店では索餅を模した生菓子が販売されています
遊び

かつて貴族たちの間には、七夕の夜に行う「七遊」がありました。7つの遊びとは、歌・鞠・碁・花・貝覆(かいおおい)・楊弓(ようきゅう)・香のこと。現在でも上京区の白峯神宮では、七夕大祭でその中のひとつの蹴鞠の奉納が行われています。
神事

江戸時代に著された年中行事の解説書『日次紀事』によると、当時から様々な神社で七夕に合わせた神事が行われていました。現在も貴船神社などで節句の神事が執り行われています。
貴船神社の七夕神事は笹の節句とも呼ばれ、お供物にはそうめんが登場します

ナビゲーターらくたび 森 明子さん
らくたびは、京都ツアーの企画を行うほか、京都学講座や京都本の執筆など、多彩な京都の魅力を発信しています。
制作:2025年07月

