京都ツウのススメ

第百一回 重陽の節句

[菊に込める思いと願い] 重陽の節句で、菊はどのように用いられてきたのでしょうか。その楽しみ方をらくたびの田中昭美さんがご案内します。

重陽の節句の基礎知識

其の一、
9月9日は五節句のひとつ、重陽の節句です
其の二、
平安時代に宮中の行事として定着しました
其の三、
邪気を払う菊の花を愛で、長寿を祈ります

五節句と奇数について

1月7日の人日(じんじつ)、3月3日の上巳(じょうし)、5月5日の端午(たんご)、7月7日の七夕(しちせき)、そして9月9日の重陽を五節句と言います。中国から伝わった陰陽思想では、奇数は縁起が良い「陽の数」、偶数は縁起が悪い「陰の数」と考えられていますが、陽の数が重なるのは不吉とされ、植物で厄を払う行事が行われました。ひと桁の数で最も大きな陽の数が重なる9月9日は「重陽の節句」と呼ばれ、とりわけ重要な位置付けにあり、薬草として使われた菊の花で邪気を払います。

重陽の節句と菊

菊が延寿の力を持つとされた中国の風習が起源の「重陽の節会(せちえ)」。平安時代に宮中で始まり、貴族たちは菊花を鑑賞して菊酒を飲み、長寿を祈願しました。江戸時代になり、これが端午の節句や七夕と同様、五節句のひとつとされ、庶民の間でも菊酒を飲む風習が広がりました。明治維新後、暦が旧暦から新暦に変わると、菊の花期ではなくなり、一般の家庭で親しまれることは減りましたが、今も社寺の行事として残っています。

[重陽の節句と菊の楽しみ方]菊は邪気を払うだけでなく、身近な薬草でもあります。重陽の節句ではその香りも含め、様々な方法で菊を楽しみます。

節句はもともと「節供」と書き、節目の日のお供え物(植物)を指していました。
1月7日は七草、3月3日は桃、9月9日は菊で邪気を払いました。

ここがツウ

菊酒

中国では菊は不老長寿の薬とされ、菊の花を浸した酒を飲む風習がありました。この風習が日本に伝わり、平安時代以降の宮中でも、臣下に菊酒が振る舞われました。

重陽の節句は「栗の節句」とも呼ばれ、農民をはじめ庶民たちは秋の収穫を祝い、栗ご飯を食べました。江戸時代の京都の行事を解説した『日次紀事(ひなみきじ)』には、菊酒のほか、蒸し栗を食べ、親しい人には栗を贈ったと書かれています

ここがツウ

菊の被綿(きせわた)

平安時代から伝わる風習。重陽の節句の前夜、菊の花に真綿をかぶせておき、翌朝に夜露と菊の香りが移った真綿で体を拭くと、不老長寿の願いがかなうと伝えられています。江戸時代に後水尾天皇が記した『年中行事』には「白菊には黄色、黄色の菊には赤、赤い菊には白い綿を使う」という決まりごとが記されています。

『源氏物語』を書いた紫式部は、藤原道長の妻・源倫子から当時高価だった菊の被綿を贈られたことに大変感激し、「菊の露 若ゆばかりに袖触れて 花のあるじに 千代は譲らむ」という歌を詠みました。「菊の露、私は少し若返る程度に触れて、あとは花の持ち主(源倫子)にお譲りします。千年も若返ってください」という意味です

ここがツウ

菊枕

干した菊の花を詰めた枕で、香りが良く、頭痛や目の病気が改善すると言われています。司馬遼太郎の小説『竜馬がゆく』には、竜馬の恋人・おりょうが、寺田屋の女将が育てた菊で枕を作る場面が出てきます。

菊合わせ

平安時代の宮中では、貴族たちが菊を見て歌を詠み、その優劣を競いました。江戸時代には菊の栽培が流行し、京都の円山では菊の品評会が開かれました。

菊湯

菊の花・葉・茎を乾燥させ細かく刻んで布の袋に入れたものや、摘み取った菊の花を浴槽に浮かべます。血行が促進され、体の芯から温まります。

今日に伝わる9月9日重陽の節句の行事

烏(からす)相撲(ずもう) 上賀茂神社

上賀茂神社の祭神の祖父が、八咫烏(やたがらす)になって神武天皇を先導したという故事にちなんだもの。神事の後、弓矢を手にした刀禰(とね)が飛び跳ねながら「カーカーカー」「コーコーコー」と烏のような声を出し、刀禰や斎王代が見守る中、子供たちが相撲をとります。八咫烏伝説と豊作を祈願する相撲が合わさったと言われ、勝敗で作物の豊凶を占います。鎌倉時代の古文書にも登場する古い行事です。

重陽の節会 虚空蔵(こくぞう) 法輪寺

菊の効能により700年も生きたという中国の「菊慈童」伝説にちなみ、菊慈童人形が飾られ、参拝者は菊花を供えて無病息災や長寿を祈願します。金剛流の能「枕慈童」の披露も。

重陽祭 車折(くるまざき)神社

江戸時代まで続いていた重陽祭が1997年に130年ぶりに再興されました。健康と美容の向上を祈る祝詞(のりと)を奏上し、菊を冠に挿した舞人が舞楽を奉納します。

制作:2016年9月
バックナンバー
第百九十三回 秋の京菓子
第百九十二回 京都の植物
第百九十一回 京都の風習
第百九十回 幻の巨椋池(おぐらいけ)
第百八十九回 京都と魚
第百八十八回 京都とお花見
第百八十七回 京の歌枕(うたまくら)の地
第百八十六回 京都の地ソース
第百八十五回 『源氏物語』ゆかりの地
第百八十四回 京の煤払(すすはら)い
第百八十三回 京都の坪庭(つぼにわ)
第百八十二回 どこまで分かる?京ことば
第百八十一回 京都の中華料理
第百八十回 琵琶湖疏水と京都
第百七十九回 厄除けの祭礼とお菓子
第百七十八回 京都と徳川家
第百七十七回 京の有職文様(ゆうそくもんよう)
第百七十六回 大念仏狂言(だいねんぶつきょうげん)
第百七十五回 京表具(きょうひょうぐ)
第百七十四回 京の難読地名
第百七十三回 京の縁日
第百七十二回 京の冬至(とうじ)と柚子(ゆず)
第百七十一回 京都の通称寺
第百七十回 京都とキリスト教
第百六十九回 京都の札所(ふだしょ)巡り
第百六十八回 お精霊(しょらい)さんのお供え
第百六十七回 京の城下町 伏見
第百六十六回 京の竹
第百六十五回 子供の行事・儀式
第百六十四回 文豪と京の味
第百六十三回 普茶(ふちゃ)料理
第百六十二回 京都のフォークソング
第百六十一回 京と虎、寅
第百六十回 御火焚祭
第百五十九回 鴨川の橋
第百五十八回 陰陽師(おんみょうじ)
第百五十七回 京都とスポーツ
第百五十六回 貴族の別荘地・伏見
第百五十五回 京都の喫茶店
第百五十四回 京の刃物
第百五十三回 京都の南蛮菓子
第百五十二回 京の社家(しゃけ)
第百五十一回 京都にゆかりのある言葉
第百五十回 京のお雑煮
第百四十九回 京の牛肉文化
第百四十八回 京の雲龍図(うんりゅうず)
第百四十七回 明治の京都画壇
第百四十六回 京の名所図会(めいしょずえ)
第百四十五回 ヴォーリズ建築
第百四十四回 島原の太夫(たゆう)
第百四十三回 京の人形
第百四十二回 京の社寺と動物
第百四十一回 鳥居(とりい)
第百四十回 冬の食べ物
第百三十九回 能・狂言と京都
第百三十八回 京都と様々な物の供養
第百三十六回 京都とビール
第百三十五回 京都と鬼門(きもん)
第百三十四回 精進料理
第百三十三回 明治時代の京の町
第百三十二回 皇室ゆかりの建物
第百三十一回 京の調味料
第百三十回 高瀬川
第百二十九回 蹴鞠
第百二十八回 歌舞伎
第百二十七回 京都に残るお屋敷
第百二十六回 京の仏像 [スペシャル版]
第百二十五回 京の学校
第百二十四回 京の六地蔵めぐり
第百二十三回 京の七不思議<通り編>
第百二十二回 京都とフランス
第百二十一回 京の石仏
第百二十回 京の襖絵(ふすまえ)
第百十九回 生き物由来の地名
第百十八回 京都の路面電車
第百十七回 神様への願いを込めて奉納
第百十六回 京の歴食
第百十五回 曲水の宴
第百十四回 大政奉還(たいせいほうかん)
第百十三回 パンと京都
第百十二回 京に伝わる恋物語
第百十一回 鵜飼(うかい)
第百十回 扇子(せんす)
第百九回 京の社寺と山
第百八回 春の京菓子
第百七回 幻の京都
第百六回 京の家紋
第百五回 京の門前菓子
第百四回 京の通り名
第百三回 御土居(おどい)
第百二回 文学に描かれた京都
第百一回 重陽(ちょうよう)の節句
第百回 夏の京野菜
第九十九回 若冲と近世日本画
第九十八回 京の鍾馗さん
第九十七回 言いまわし・ことわざ
第九十六回 京の仏師
第九十五回 鴨川
第九十四回 京の梅
第九十三回 ご朱印
第九十二回 京の冬の食習慣
第九十一回 京の庭園
第九十回 琳派(りんぱ)
第八十九回 京の麩(ふ)
第八十八回 妖怪紀行
第八十七回 夏の京菓子
第八十六回 小野小町(おののこまち)と一族
第八十五回 新選組
第八十四回 京のお弁当
第八十三回 京都の湯
第八十二回 京の禅寺
第八十一回 京の落語
第八十回 義士ゆかりの地・山科
第七十九回 京の紅葉
第七十八回 京の漫画
第七十七回 京の井戸
第七十六回 京のお地蔵さん
第七十五回 京の名僧
第七十四回 京の別邸
第七十三回 糺(ただす)の森
第七十二回 京舞
第七十一回 香道
第七十回 天神さん
第六十九回 平安京
第六十八回 冬の京野菜
第六十七回 茶の湯(茶道)
第六十六回 京の女流文学
第六十五回 京の銭湯
第六十四回 京の離宮
第六十三回 京の町名
第六十二回 能・狂言
第六十一回 京の伝説
第六十回 京狩野派
第五十九回 京寿司
第五十八回 京のしきたり
第五十七回 百人一首
第五十六回 京の年末
第五十五回 いけばな
第五十四回 京の城
第五十三回 観月行事
第五十二回 京の塔
第五十一回 錦市場
第五十回 京の暖簾
第四十九回 大原女
第四十八回 京友禅
第四十七回 京のひな祭り
第四十六回 京料理
第四十五回 京の町家〈内観編〉
第四十四回 京の町家〈外観編〉
第四十三回 京都と映画
第四十二回 京の門
第四十一回 おばんざい
第四十回 京の焼きもの
第三十九回 京の七不思議
第三十八回 京の作庭家
第三十七回 室町文化
第三十六回 京都御所
第三十五回 京の通り
第三十四回 節分祭
第三十三回 京の七福神
第三十二回 京の狛犬
第三十一回 伏見の酒
第三十回 京ことば
第二十九回 京の文明開化
第二十八回 京の魔界
第二十七回 京の納涼床
第二十六回 夏越祓
第二十五回 葵祭
第二十四回 京の絵師
第二十三回 涅槃会
第二十二回 京のお漬物
第二十一回 京の幕末
第二十回 京の梵鐘
第十九回 京のお豆腐
第十八回 時代祭
第十七回 京の近代建築
第十六回 京のお盆行事
第十五回 京野菜
第十四回 京都の路地
第十三回 宇治茶
第十一回 京菓子の歴史
第十回 枯山水庭園の眺め方
第九回 京阪沿線 初詣ガイド
第八回 顔見世を楽しむ
第七回 特別拝観の楽しみ方
第六回 京都の着物
第五回 仏像の見方
第四回 送り火の神秘
第三回 祇園祭の楽しみ方
第二回 京の名水めぐり
第一回 池泉庭園の眺め方