京都ツウのススメ

第百九十回 幻の巨椋池(おぐらいけ)

写真:生田誠

かつて京の都の南にあった幻の巨大池 平安貴族の別荘地や、豊臣秀吉が堤防を築いた場所として歴史舞台に登場する、今は無き巨椋池。
謎めいた巨椋池について、らくたびの森明子さんがご紹介します。

基礎知識

其の一、

巨椋池は縄文時代前期に京都の南にできたと言われる大きな池でした

其の二、

豊臣秀吉が伏見城築城の際に治水工事を行い、池のまわりに堤防を造りました

其の三、

漁業やハスの花で有名な池でしたが、昭和初期に干拓(かんたく)されました

美しく広々としていた巨椋池

現在の京都市の南、京都市伏見区・宇治市・久世郡久御山町辺りに巨椋池ができたのは、縄文時代前期だと言われています。平安時代には島々が浮かぶ景勝地で、池のほとりには貴族の別荘が立っていたと伝わります。その後、天下統一を果たした豊臣秀吉が伏見城を築城した際、たびたび水害が発生していた巨椋池や宇治川の治水工事を行いました。その時に築かれた大きな堤防は「太閤堤(たいこうつつみ)」という名で知られています。

洪水が多発するも生活を支えた景勝地

秀吉による治水工事後も巨椋池は洪水が多発しました。その一方で漁業や池の水を利用した農業が営まれ、初夏にはハスの花を愛でる蓮見(はすみ)をする人で賑わいました。明治時代に近代的な治水工事が行われると、今度は生活排水などが池にたまり水質が悪化。人々の生活を守るため、1933(昭和8)年から約8年もの年月をかけて宇治川へポンプを使うなどして排水する「干拓」が行われました。

巨椋池の歴史

縄文時代からあったという巨椋池は、何度も治水工事が行われました。時代によって様相を変えながら昭和初期の干拓事業により、広大な農地になりました。

地図

1縄文時代~奈良時代

巨椋池が形作られたのは縄文時代前期と言われています。弥生時代には池の周りで豊かな生活が営まれていたようで、弥生時代中期の大きな集落跡などが発掘されています。それらの集落跡が昭和初期の巨椋池跡より内側で見つかったことから、当時の池は小さかったと考えらます。

ここがツウ

「巨椋の入江とよむなり射目人(いめひと)の伏見が田居(たい)に雁(かり)渡るらし」と、歌集『万葉集』に柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)が巨椋池の景色を詠んだ歌が載っています

2平安時代

巨椋池や宇治川の美しい景色に魅了された貴族は池や川の付近に別荘を建てていきました。池の北側にあった指月(しげつ)の丘には、橘俊綱(たちばなのとしつな)の伏見山荘が立ち、池に注ぐ宇治川のほとりには『源氏物語』の光源氏のモデルとされる源融(みなもとのとおる)の別邸・宇治殿がありました。その宇治殿を藤原道長が継ぎ、後に平等院となります。

ここがツウ

現在の「槇(まき)島」「向(むかい)島」「中書島」などの地名は、巨椋池に点在していた島々に由来しています

3安土桃山時代

天下統一を成し遂げた豊臣秀吉が1594(文禄3)年に伏見城を築いた際、川の流れを変え、巨椋池も大規模な治水工事が行われました。宇治川と巨椋池には「太閤堤」と呼ばれる堤防(小倉堤・槇島堤)が築かれ、現在、宇治駅近くの「史跡宇治川太閤堤跡」に、護岸遺構などが再現されています。

写真:宇治市歴史まちづくり推進課

写真:宇治市歴史まちづくり推進課

4江戸時代~明治時代

秀吉が治水工事を行った後も、巨椋池ではたびたび洪水などの水害が起こりました。江戸時代、池の周りに住む人々は巨椋池を「大池」と呼び、漁業や農業で生計を立てていました。また飛来する雁(ガン)や鴨などの狩猟地だったほか、「巨椋池といえばハス」と言われたほどハスの花が有名で、江戸時代中期には大勢の人が初夏に蓮見を楽しみました。明治時代になると、当時の最新的な河川改修工事が行われ淀川と切り離された結果、生活排水や農業用水が巨椋池にたまり水質が悪化。漁業・農業にダメージがあっただけでなく、蚊が大量発生してマラリアが流行しました。

ここがツウ

木幡駅付近にある木幡池や、淀駅と宇治川に挟まれた京都競馬場の大きな池は、巨椋池の名残りと考えられています

写真:宇蓮見舟に乗ってハスの花を観賞する人々

写真:舟を操り魚を取る、在りし日の巨椋池

蓮見舟に乗ってハスの花を観賞する人々(上)と舟を操り魚を取る、在りし日の巨椋池(下)
写真:宇治市歴史資料館

4昭和時代~現代

周辺住民の生活や健康を守るため1933(昭和8)年から1941(昭和16)年にかけて行われた国営の干拓事業によって、巨椋池は一部を残し姿を消しました。干拓前の巨椋池は周囲約16km、水面は約800haもありましたが、干拓後はそのうちの約634haが農地に変わりました。

地図

日常に欠かせない川魚料理 日常に欠かせない川魚料理

ゆかりの施設や、巨椋池由来のハスを育てる植物園で、今も巨椋池を身近に感じることができます。

旧山田家住宅

久御山町東一口(いもあらい)にある山田家は、巨椋池漁業の取りまとめ役を務めた大庄屋でした。展示室では巨椋池に関する資料などが見られます。

※公開日時などはホームページをご覧ください

写真:旧山田家住宅長屋門

旧山田家住宅長屋門
写真:久御山町 教育委員会

宇治市植物公園

巨椋池由来の希少なハスを収集し、現在は約80品種が栽培されています。ハスの見頃は7月中旬で、毎年「観蓮会」も行われています。

※詳しくはホームページをご覧ください

写真:請所(うけしょ)の本紅」(左)と「巨椋の輝」(右)

「請所(うけしょ)の本紅」(左)と「巨椋の輝」(右)
写真:宇治市植物公園

制作:2024年6月
バックナンバー
第百九十四回 京都と将棋(しょうぎ)
第百九十三回 秋の京菓子
第百九十二回 京都の植物
第百九十一回 京都の風習
第百九十回 幻の巨椋池(おぐらいけ)
第百八十九回 京都と魚
第百八十八回 京都とお花見
第百八十七回 京の歌枕(うたまくら)の地
第百八十六回 京都の地ソース
第百八十五回 『源氏物語』ゆかりの地
第百八十四回 京の煤払(すすはら)い
第百八十三回 京都の坪庭(つぼにわ)
第百八十二回 どこまで分かる?京ことば
第百八十一回 京都の中華料理
第百八十回 琵琶湖疏水と京都
第百七十九回 厄除けの祭礼とお菓子
第百七十八回 京都と徳川家
第百七十七回 京の有職文様(ゆうそくもんよう)
第百七十六回 大念仏狂言(だいねんぶつきょうげん)
第百七十五回 京表具(きょうひょうぐ)
第百七十四回 京の難読地名
第百七十三回 京の縁日
第百七十二回 京の冬至(とうじ)と柚子(ゆず)
第百七十一回 京都の通称寺
第百七十回 京都とキリスト教
第百六十九回 京都の札所(ふだしょ)巡り
第百六十八回 お精霊(しょらい)さんのお供え
第百六十七回 京の城下町 伏見
第百六十六回 京の竹
第百六十五回 子供の行事・儀式
第百六十四回 文豪と京の味
第百六十三回 普茶(ふちゃ)料理
第百六十二回 京都のフォークソング
第百六十一回 京と虎、寅
第百六十回 御火焚祭
第百五十九回 鴨川の橋
第百五十八回 陰陽師(おんみょうじ)
第百五十七回 京都とスポーツ
第百五十六回 貴族の別荘地・伏見
第百五十五回 京都の喫茶店
第百五十四回 京の刃物
第百五十三回 京都の南蛮菓子
第百五十二回 京の社家(しゃけ)
第百五十一回 京都にゆかりのある言葉
第百五十回 京のお雑煮
第百四十九回 京の牛肉文化
第百四十八回 京の雲龍図(うんりゅうず)
第百四十七回 明治の京都画壇
第百四十六回 京の名所図会(めいしょずえ)
第百四十五回 ヴォーリズ建築
第百四十四回 島原の太夫(たゆう)
第百四十三回 京の人形
第百四十二回 京の社寺と動物
第百四十一回 鳥居(とりい)
第百四十回 冬の食べ物
第百三十九回 能・狂言と京都
第百三十八回 京都と様々な物の供養
第百三十六回 京都とビール
第百三十五回 京都と鬼門(きもん)
第百三十四回 精進料理
第百三十三回 明治時代の京の町
第百三十二回 皇室ゆかりの建物
第百三十一回 京の調味料
第百三十回 高瀬川
第百二十九回 蹴鞠
第百二十八回 歌舞伎
第百二十七回 京都に残るお屋敷
第百二十六回 京の仏像 [スペシャル版]
第百二十五回 京の学校
第百二十四回 京の六地蔵めぐり
第百二十三回 京の七不思議<通り編>
第百二十二回 京都とフランス
第百二十一回 京の石仏
第百二十回 京の襖絵(ふすまえ)
第百十九回 生き物由来の地名
第百十八回 京都の路面電車
第百十七回 神様への願いを込めて奉納
第百十六回 京の歴食
第百十五回 曲水の宴
第百十四回 大政奉還(たいせいほうかん)
第百十三回 パンと京都
第百十二回 京に伝わる恋物語
第百十一回 鵜飼(うかい)
第百十回 扇子(せんす)
第百九回 京の社寺と山
第百八回 春の京菓子
第百七回 幻の京都
第百六回 京の家紋
第百五回 京の門前菓子
第百四回 京の通り名
第百三回 御土居(おどい)
第百二回 文学に描かれた京都
第百一回 重陽(ちょうよう)の節句
第百回 夏の京野菜
第九十九回 若冲と近世日本画
第九十八回 京の鍾馗さん
第九十七回 言いまわし・ことわざ
第九十六回 京の仏師
第九十五回 鴨川
第九十四回 京の梅
第九十三回 ご朱印
第九十二回 京の冬の食習慣
第九十一回 京の庭園
第九十回 琳派(りんぱ)
第八十九回 京の麩(ふ)
第八十八回 妖怪紀行
第八十七回 夏の京菓子
第八十六回 小野小町(おののこまち)と一族
第八十五回 新選組
第八十四回 京のお弁当
第八十三回 京都の湯
第八十二回 京の禅寺
第八十一回 京の落語
第八十回 義士ゆかりの地・山科
第七十九回 京の紅葉
第七十八回 京の漫画
第七十七回 京の井戸
第七十六回 京のお地蔵さん
第七十五回 京の名僧
第七十四回 京の別邸
第七十三回 糺(ただす)の森
第七十二回 京舞
第七十一回 香道
第七十回 天神さん
第六十九回 平安京
第六十八回 冬の京野菜
第六十七回 茶の湯(茶道)
第六十六回 京の女流文学
第六十五回 京の銭湯
第六十四回 京の離宮
第六十三回 京の町名
第六十二回 能・狂言
第六十一回 京の伝説
第六十回 京狩野派
第五十九回 京寿司
第五十八回 京のしきたり
第五十七回 百人一首
第五十六回 京の年末
第五十五回 いけばな
第五十四回 京の城
第五十三回 観月行事
第五十二回 京の塔
第五十一回 錦市場
第五十回 京の暖簾
第四十九回 大原女
第四十八回 京友禅
第四十七回 京のひな祭り
第四十六回 京料理
第四十五回 京の町家〈内観編〉
第四十四回 京の町家〈外観編〉
第四十三回 京都と映画
第四十二回 京の門
第四十一回 おばんざい
第四十回 京の焼きもの
第三十九回 京の七不思議
第三十八回 京の作庭家
第三十七回 室町文化
第三十六回 京都御所
第三十五回 京の通り
第三十四回 節分祭
第三十三回 京の七福神
第三十二回 京の狛犬
第三十一回 伏見の酒
第三十回 京ことば
第二十九回 京の文明開化
第二十八回 京の魔界
第二十七回 京の納涼床
第二十六回 夏越祓
第二十五回 葵祭
第二十四回 京の絵師
第二十三回 涅槃会
第二十二回 京のお漬物
第二十一回 京の幕末
第二十回 京の梵鐘
第十九回 京のお豆腐
第十八回 時代祭
第十七回 京の近代建築
第十六回 京のお盆行事
第十五回 京野菜
第十四回 京都の路地
第十三回 宇治茶
第十一回 京菓子の歴史
第十回 枯山水庭園の眺め方
第九回 京阪沿線 初詣ガイド
第八回 顔見世を楽しむ
第七回 特別拝観の楽しみ方
第六回 京都の着物
第五回 仏像の見方
第四回 送り火の神秘
第三回 祇園祭の楽しみ方
第二回 京の名水めぐり
第一回 池泉庭園の眺め方