[対談] [対談]茶の湯、その源流へ

1928(昭和3)年築造、近代和風建築の京都府茶業会館にて対談
1928(昭和3)年築造、
近代和風建築の京都府茶業会館にて対談

約800年にわたり、
日本が誇る茶文化を牽引してきた「宇治」。
今回は、宇治茶の足跡や茶種の魅力、
これからの展望などを
通圓茶屋の通円祐介さんと
京都文教大学の森正美さんに伺いました。

通圓 二十四代目 通円 祐介 氏
通圓 二十四代目 通円 祐介 氏
1160(永暦元)年創業、宇治橋のたもとにある「通圓茶屋」当主。歴史ある宇治茶を未来へつなぐため、地域イベントでの魅力発信や荒廃茶園の再生にも取り組んでいる。
京都文教大学 学長 森 正美 氏
京都文教大学 学長 森 正美 氏
京都・宇治の私立大学「京都文教大学」総合社会学部教授。宇治茶の世界文化遺産登録を目指し、地域フォーラムなどで宇治茶の歴史や文化を発信する活動を行っている。

第一章
「宇治茶」の歴史について

かつては薬だったお茶、始まりは橋守りだったお茶屋。

かつては薬だったお茶、
始まりは橋守りだったお茶屋。

宇治茶栽培の歴史は古く、鎌倉時代に日本茶の祖・栄西禅師(えいさいぜんじ)が宋から茶の実を京都市右京区栂尾(とがのお)にある高山寺・明恵上人(みょうえしょうにん)に授け、宇治の里人にその栽培方法を教え伝えたことが始まりとされています。
通円
お茶は元々、修行の妨げになる眠気覚ましの薬として伝来し、お坊さまがお寺の境内で育てていたそうです。明恵上人からは、茶の樹を小馬の歩幅ほどの間隔で植えるよう教えられたようで、その歴史を今に伝える『駒蹄影園(こまのあしかげえん)跡碑』が宇治の萬福寺(まんぷくじ)に建てられています。
通圓さんの始まりは、鎌倉時代よりさらに前の平安時代ですよね。
通円
はい。平安時代末期の1160(永暦元)年創業で、当時は宇治橋の橋守りをしていたそうです。当店が橋のたもとにありますので、はじめは、宇治上神社や平等院などへお参りされる方々へ、身を清められるためにお水を差し上げていたのではと。それが、お茶の産地となり、道行く旅人にお茶を供し始めるようになっていったと言われています。
茶の湯の黄金期を支え、宇治は天領地「茶師のまち」へ。

茶の湯の黄金期を支え、
宇治は天領地「茶師のまち」へ。

そして、室町時代には宇治茶をこよなく愛した足利義満が、優れた茶葉を生産する茶園を「宇治七茗園(※)」と認定し、抹茶が世の中に広がり、安土桃山時代の「茶の湯」の大成へとつながっていくのです。それこそ、通圓さんは当時の茶の湯文化と縁が深いですよね。
※宇治七茗園:「森(もり)・祝(いわい)・宇文字(うもんじ)・川下(かわしも)・奥の山(おくのやま)・朝日(あさひ)・琵琶(びわ)」からなる足利義満が認めた7つの茶園
通円
宇治橋に観光の方々がよく写真を撮ってらっしゃる「三ノ間」という場所がありますが、当家の第十代目と十一代目は豊臣秀吉の信任を受け、その「三ノ間」から釣瓶(つるべ)(※)を下ろし宇治川の清水を汲み上げて、茶会の水として伏見城まで運んでいたそうです。
※釣瓶:水を汲み上げるための桶のこと
その頃の宇治は、茶会を催す場所というより、茶の産地であり、その流通を支える茶商や問屋の集積地でした。さらに、江戸時代には宇治の茶園は幕府直轄の天領地となり「茶師」のまちとして栄え、茶を宇治から江戸へと運ぶお茶壺道中が始まり、茶師たちが腕によりをかけた最高級の宇治茶が幕府や大名に献上されるようになります。
抹茶だけじゃない。煎茶も、玉露も、宇治生まれ。
日本三古橋のひとつ「宇治橋」。
橋の中央部に「三ノ間」が張り出す

抹茶だけじゃない。
煎茶も、玉露も、宇治生まれ。

通円
宇治茶といえば「抹茶」のイメージが強いかもしれませんが、江戸後期の1738(元文3)年、お隣の宇治田原町の永谷宗円(ながたにそうえん)によって、皆さんも馴染みが深い緑茶「煎茶」が生み出されます。さらには、宇治郊外の小倉(※)にて世界的な最高級緑茶である「玉露」が誕生します。
※諸説あり
「玉露」の誕生については、偶然だったとも言われていますよね。
通円
はい。抹茶の原料である碾茶(てんちゃ)を製造する際の産物だったようです。ただ、そのお茶が香りと味わい共に非常に優れたものだったため、改良を加えて生まれたものが「玉露」とされています。
宇治茶といっても一括りではなく実は種類があって、コクと旨みのバランスが良い抹茶、爽やかな香りの煎茶、甘みと旨みの強い玉露、この順番で宇治茶の生産地で製法が生み出されてきました。しかも、その製法はどれも絶えることがなく、通円さんたちをはじめ、様々な方々が引き継いでくださっているおかげで、現在も私たちがお茶をいただくことができるのです。宇治茶には、本当に長い歴史がありますね。

第二章
「宇治茶」の魅力について

育ちと作りを変えると、同じ茶葉で違う茶種に。
抹茶や玉露の茶葉を育てる
覆下栽培(おおいしたさいばい)の茶園

育ちと作りを変えると、
同じ茶葉で違う茶種に。

通円
宇治で誕生した「抹茶」「煎茶」「玉露」は、すべて同じ茶の樹から生産することができるのですが、栽培方法と製造方法でその種類が分かれます。まずは栽培方法ですが、抹茶と玉露は茶摘みの1ヶ月ほど前から茶園に覆いをかけて日光を遮り栽培します。煎茶は、今では数日間遮光することもありますが、基本的に陽を燦々と浴びさせて栽培します。
抹茶と玉露は「覆下栽培(おおいしたさいばい)」、煎茶は「露地栽培(ろじさいばい)」と呼ばれていて、宇治をはじめとした山城地域の自然環境を活かしながら栽培されています。たとえば河川敷の平地では覆下栽培が向いており、起伏に富む山間地では露地栽培が適しています。
通円
茶葉は、日光を遮ると茶葉の中に旨み成分を蓄えさせることができます。一方で、日光の下で育てると茶葉は紫外線から身を守ろうとするため、旨み成分が少し苦い成分に変わっていく性質があります。
現代でも、伝統的な栽培方法を続ける小規模な農園が宇治市を中心に点在していて、宇治らしい景観のひとつになっていますよね。
通円
そうですね。次に製造方法ですが、お茶摘みの後、揉まずに碾茶炉(てんちゃろ)というもので乾燥させたものが、抹茶の原料の碾茶になります。茶葉を蒸し、揉んで乾燥させるのが煎茶。抹茶同様に日陰で育てた茶葉を、煎茶と同じように蒸して揉むのが玉露です。
先ほどから通円さんもおっしゃっていますが、宇治では「茶畑」とはあまり呼ばず、「茶園」と言います。歴史のお話でもふれた「宇治七茗園」と指定されたようにやはり「園」なんです。また、葉先がバラバラで、一見手入れが行き届いてないようにみえる茶園がありますが、これは手摘みをしている茶園のためで、高級茶の証とも言えます。
多彩な茶屋で選べるのも、宇治ならではの楽しみ。

多彩な茶屋で選べるのも、
宇治ならではの楽しみ。

「抹茶」「煎茶」「玉露」の味は全然違うものですが、本当においしい抹茶は、一言で言ったら甘い。茶菓子より先にいただきたいほどの味わいです。煎茶は香りと後味の爽やかな苦みがあり、特に新茶時期の香りはもう、それだけで幸せになりますよね。玉露は高級茶なので、普段から味わう機会が一番少ないと思いますが、甘みと旨みの塊で口の中でふくよかな甘み・旨みが、ふわっと広がっていきます。こういった違いは、試飲してお好みのものを選んでいただくのが良いですよね。
通円
そうですね。すべての方にご試飲いただくのは難しくなってきていますが、うちの店もできるだけお試しいただいて、ご納得して選んでいただくようにしています。やはり嗜好品ですし、好みも様々です。何よりも、せっかく宇治にいらしてくださっているので、ふるまいのお茶として供せればと思います。
毎日いただくからこそ、飲み疲れない味筋を求めて。

毎日いただくからこそ、
飲み疲れない味筋を求めて。

宇治では、お茶のこだわりや特徴のことを「味筋(あじすじ)」と言いますよね。
通円
そうですね。宇治でこれだけ多くの店(茶屋)が続いているのは、それだけ店によって味に違いがある証拠です。うちの味筋としては、煎茶にもあまり火を入れない昔ながらの茶葉本来の旨みをお楽しみいただけるものが多いですね。私は、宇治茶というものは、あと口が長く続くものでありたいと考えていますので、一煎目だけではなく、二煎目、三煎目と淹れても、ずっとおいしい余韻が残るものをお届けしたいですね。
いつまでも口の中でお茶の旨みを感じられる上品なおいしさですよね。ずっと飲み続けたいような心地になります。
通円
農家さんたちがたくさん手間と愛情をかけて育てた、旨みがたくさん詰まったお茶ですから。ご贔屓(ひいき)のお客さまからは飲み疲れないとおっしゃっていただきます。
そう、本当に口当たりが優しいんですよ。昔ながらのという意味が、よくわかります。

第三章
「宇治茶」の未来、
宇治の楽しみ方

途絶えることなく、3つの宇治茶を次世代へ。

途絶えることなく、
3つの宇治茶を次世代へ。

通円さんは、昔ながらのお茶をご提供されるだけではなく、それを守る活動も同時にされていますよね。
通円
はい。実は宇治では煎茶園が少なくなったこともあり、友人と荒廃した茶園を引き継いで、煎茶栽培を始めるようになりました。1年目は販売できないほど渋かったのですが、次の年からは良い茶葉が育ち、今では常連のお客さまは心待ちにしてくださっています。
やはり、宇治茶には「抹茶」「煎茶」「玉露」の3つがあるということ。目先の「売る」だけでなく、生産農業を理解して商いを続けるのが肝心ですよね。どんなにおいしいお茶を提供したくても、生産が途絶えると茶葉を仕上げる茶商は売るものが無くなってしまいますよね。
通円
海外の方を中心とした抹茶ブームはありつつも、やはり昔からの煎茶や玉露を購入されている方はたくさんおられます。先人が築いてくださった宇治茶の文化を絶やさず、次世代に残せるようしていきたいですね。
どの風景も優しく美しい。ひと息のひとときを宇治で。

どの風景も優しく美しい。
ひと息のひと時を宇治で。

通円
観光地としての宇治を語ると、今までの楽しみ方は、平等院さんをご覧になって、抹茶パフェを召し上がって、名所や名物を満喫される旅が中心だったのではと。そして、宇治に少し滞在された後は、奈良や京都市内へ行かれていたのだと思います。でも、私からのおすすめとしては、宇治川の川面が輝く朝の静けさから、ゆっくり神社仏閣をめぐって、お茶屋でひと息ついて、西方の夕日が沈むまで過ごす。そんな1日を楽しんでいただきたいですね。
夜の宇治橋から見上げる満月も、本当に綺麗ですしね。私が思うのは、良い意味で観光地らしくないのんびりとした空気が流れていて。観光でお越しになった方にとっても、なんだか温かい、人々の優しさを感じていただける場所かと思います。
通円
京都の主要な観光地は人が多すぎるけど、宇治ならゆっくりできる。そんなイメージを持たれているのか、今では海外のリピーターの方も増えてきていますね。新緑の美しい興聖寺(こうしょうじ)さんや法堂(はっとう)などが国宝に指定されている萬福寺さんのような場所をおすすめすると、とても喜んでいただけます。
そうそう、深呼吸ができるっていうか。宇治は良い空気とおいしいお茶ときれいな景色にめぐり合える、究極の「ほっとスポット」かなと思っています。ゆっくり旅を味わうなら、本当に宇治観光はおすすめですね。