城下町として栄え、宿場町、
そして酒蔵のまちへ。
歴史の変遷から、
伏見酒(ふしみざけ)の味わい、
このまちの魅力まで、
月桂冠の大倉泰治さんと
伏見城研究会の若林正博さんに伺いました。
- 月桂冠株式会社 代表取締役副社長 大倉 泰治 氏
- 1637(寛永14)年創業、京都・伏見を代表する老舗蔵元の後継者。「月桂冠」の新プロジェクト「Gekkeikan Studio」や高級銘柄「鳳麟」のリブランディングなどに携わる。
- 伏見城研究会 会長 若林 正博 氏
- 伏見生まれの伏見育ち。「伏見城研究会」に参画し、伏見学を基軸に地域史を研究する。講演会やメディアへの出演を通じて、まちの歴史や魅力を発信する。
第一章
「伏見酒」の歴史について
城下町から宿場町、酒蔵のまちへ。
しなやかにその姿を変える伏見。
- 若林
- 伏見というまちは、豊臣秀吉や徳川家康の時代に、首都の城下町として繁栄しました。やがて、幕府が江戸に移った後、衰退しかねなかった城下町は、水路や街道を活かした物流の拠点となり宿場町として発展を遂げます。一方、伏見の丘陵地は桃畑になり、「桃山」の地名の由来もそこからきています。
- 大倉
- 「桃山」は桃畑からだったのですね。
- 若林
- 伏見が、なぜ宿場町に生まれ変われたかというと、参勤交代の要所になったからです。江戸と中国・四国・九州との行き来の中で重要な経由点になり、ちょうど宇治川派流(はりゅう)沿いに宿場町が形成されます。その後、参勤交代のない時代がやってきますが、伏見ではとても良い水が湧き出ることに注目が集まり、宿場として使われていた場所が酒蔵へと変わり、次第に酒蔵のまちへと変わっていきました。ただ、月桂冠さんの場合は、酒蔵のまち以前の宿場町の時代からこの地で商いを続けられていますよね。
- 大倉
- おそらく宿場町の時代にも他の酒蔵は存在していたはずですが、その頃から現存しているのは我々を含め数社だけなのだと思います。ただ、今で言う繁華街や大人たちが泊まる旅先で、酒を酌み交わすのは世の常ですよね。そうすると、人が集まる場所に酒屋ができていくのは自然な流れだと感じます。
地元を代表するメーカーから、
日本を代表する銘醸地へ。
- 大倉
- 歴史的には、月桂冠の前身「笠置屋(かさぎや)」は伏見酒の組合や団体を取り仕切る立場だったようで、その時点で地元の代表銘柄みたいな存在感を示していたと聞いています。
- 若林
- 明治以降、伏見酒が全国区になるにあたって、月桂冠さんは新しい酒造りのリーダー的な立場を担われ、品質改良に多大なる尽力をされてきた会社だと思います。
- 大倉
- 明治初期に、防腐剤入りの日本酒製造が始まったのですが、月桂冠では安全面を危惧し防腐剤を入れない酒造りを開発しようとなったのです。そのために当時では珍しい大卒の技師を採用し、さらには当時の西洋技術を取り入れてガラス瓶での封入を試みました。そうした最先端の科学を取り入れることで、酒造りを大きく革新させた歴史があります。
- 若林
- その技術を自社だけのものではなく、伏見の酒造メーカーにも提供したのも特筆すべき点かと思います。
- 大倉
- 結果的には、ターニングポイントのひとつかもしれませんね。取り入れた技術をオープンにした結果、伏見が銘醸地へと飛躍できたのだと思います。
第二章
「伏見酒」の魅力について
名水「さかみづ」が湧き出る
名水の秘密は、
バランスの良いミネラル。
- 大倉
-
酒造りに使う伏見の水は、灘(なだ)の男酒(※)・伏見の女酒(※)というように、一般的には軟水のイメージをお持ちかもしれませんが、科学的な数字で見ると実はそうでもなく。伏見の水は、中硬水に値するものとされています。
※灘の男酒:兵庫・神戸から西宮に位置する「灘五郷」で造られる日本酒。力強い香りと味わいが特徴とされる。
※伏見の女酒:なめらかで口当たりが良く、淡麗の味わいが特徴とされる。
- 若林
- 一方で、灘の日本酒に使われる「宮水」は、伏見の水と比べて硬度が高いとされていますよね。
- 大倉
- 水の硬度というものは、水の中のミネラル分、つまりはナトリウム・カリウム・マグネシウム・カルシウムなどがどれほど含まれているか、その構成要素で変わります。伏見の水は、これらのバランスが非常に良いのではと思います。
- 若林
- 灘の男酒はコクとキレがあるスッキリとした辛口の酒、伏見の女酒は口当たりがまろやかな甘口の酒というイメージで括られがちですが、一概にそうは言えないですよね。灘や伏見に限らず、あらゆる酒造メーカーが趣向を凝らしながら多様な味わいの酒を創出されているのだと思います。
- 大倉
- そうですね。伏見酒が全国区の酒になり、「灘は辛口、伏見は甘口」の対比構造が生まれたのでしょうね。私としては、月桂冠をはじめ伏見酒は程よくバランスの取れた「真ん中」の味といったイメージを持っています。
酒どころ・伏見を支えた、
もうひとつの水の恩恵。
- 若林
-
伏見が日本有数の酒どころに成り得たのは、名水のおかげだけではありません。歴史的に見ると、明治時代に伏見インクライン(※)が誕生したことで、琵琶湖疏水が伏見までつながり、その水力を活かした水車精米(※)ができるようになりました。
※伏見インクライン:明治から昭和中期にかけて伏見の舟運を支えた船の昇降設備
※水車精米:水力を動力源とし、歯車で杵(きね)を上下させて、石臼の中で玄米同士をこすり合わせて精米する手法
- 大倉
- 全国区の酒になるためには、良質な酒を造ることはもちろん、それらを多く生産する必要があります。そのために大量の精米は不可欠ですからね。
- 若林
- また、インクラインのおかげで鴨川運河と濠川(ほりかわ)がつながり、伏見の浜沿いにある酒蔵も船を使って近隣の駅まで商品を運べるようになりました。
和の美食と味わう、
白米のような美酒として。
- 大倉
- 伏見酒は、かつての宿場町では仕事仲間とともに楽しんだ「まちのお酒」であり、現代では京料理を引き立てる雑味のない上品な酒として、その歴史を歩んできました。ですので、その味わいはお酒だけで飲むと少しわかりにくいかもしれませんが、料理と一緒に味わっていただくと、伏見酒の魅力に気づいていただけると思います。
- 若林
- 誰かとともに、料理とともに。何かとともにある酒として、伏見酒の魅力は時を超えて受け継がれているということですね。
- 大倉
- そうですね。そのため、デリケートな和食とともに楽しむことが念頭にあり、月桂冠の酒造りは「味わいのふくらみ」を大切する風土があります。米の旨みや甘みがふわりと広がり、コクと奥行きのある味わいを追求していますね。また、これは個人的な感覚ですが、伏見酒は日本人にとっての白飯のようなもの、つまり、おかずと一緒に味わいたくなる主食のような存在でありたいと考えていますね。
- 若林
- それは私も思っていました。馴染みの居酒屋でも伏見酒をたしなんでいるのですが、お酒が白米の代わりになるような感覚でいただいていまして。食事の締めにご飯をいただかなくても、お腹が満たされているイメージがあります。
第三章
「伏見酒」の未来、
伏見の楽しみ方
造り手と飲み手で育てる、
「実験」という名の挑戦。
- 大倉
- 月桂冠の新プロジェクト「Gekkeikan Studio」は、歴史の話でふれた通り、技術面を打ち出した商品です。日本各地の酒蔵がクラフト感の高い酒造りをする中で、自分たちはどういうブランドを生み出すべきか思案した際、我々の強みが科学技術というのは意外と盲点だと考えたのです。あとは、社内にはお酒が好きでお酒の研究をする、情熱を持った若い人材が多数いますので、彼らの発表の場として、世の中に問う場ができると良いなと思いました。
- 若林
- 明治から科学技術を基に酒造りをリードしてきた月桂冠さんらしさでもありますね。
- 大倉
- 造り手は試作を提供し、飲み手の感想やご意見をいち早くいただく。そのフィードバックを基に、より良い酒へと育てていくことにストーリー性があります。こういった俊敏性の高いモノづくりに取り組むことは、月桂冠の新しい挑戦ですね。
日本食に伏見酒を。
世界で愛される酒を目指して。
- 大倉
- 日本酒の現在地としては、特に海外では成長が著しく、アメリカやヨーロッパの都市部、さらにはアジア各国でも、日本食の浸透に呼応して日本酒も愛飲される機会が増加しているのではと感じています。特に、和食との相性の良さが伏見酒の強みでもありますので、今後はさらに成長できると思います。
- 若林
- 立地的に見ても、広域にわたって蔵元が点在する酒どころもありますが、伏見に関しては非常に狭い範囲で酒蔵が軒を連ねています。とりわけ遠方からの観光客にとっては、複数の酒蔵を一度にめぐれるメリットがありますね。
- 大倉
- そうですね。「京都市の南エリアには名酒蔵が密集している」というイメージを発信すれば、海外の方もとても覚えやすいと思います。
- 若林
- 和食を引き立てる伏見酒の特性と、日本有数の蔵元が集まる伏見の立地の特長を踏まえると、このまちには観光地としての可能性をまだまだ感じますね。
京都らしさを味わう、
伏見のまち並みを訪ねて。
- 大倉
- おすすめの場所はいくつかありますが、まずはこのまち全体の空気感、ゆっくりとした時間の流れを感じてほしいですね。先日も海外のお客様に伏見のまちをご案内することがあり、月桂冠からほど近い納屋町商店街のドーナツ屋さんをご紹介したところ、落ち着いた雰囲気に大変喜んでいただきました。
- 若林
- 伏見には、淀川の舟運の拠点・伏見港として栄えた「浜の伏見」と、御香宮神社や伏見城跡などがある丘陵地エリアの「山の伏見」があり、大倉さんがおっしゃったのは「浜の伏見」の方かと思います。実は「山の伏見」にもおすすめがあって、明治天皇陵に上がっていく230段の階段を登った先にある景色がなかなかの眺めでして。最寄りは桃山南口駅なのですが、また違った伏見の魅力にふれることができますよ。あと、伏見のまちというのは、あらゆる人たちが往来した城下町や宿場町の歴史があり、色々な地域の方々と接することに慣れていることから、外から来た方々に対してフレンドリーに接する気質を持っているのではと思っています。酒造りにしてもそうですよね。古くは丹後や但馬、越前などの杜氏さんが季節限定でこの地に住み込まれていたわけですし。
- 大倉
- そうですね。冬は雪に閉ざされる地域から、酒造りのためにはるばる伏見へ来てくださっていた歴史がありますね。
- 若林
- そういう意味では、京都だからといって敷居の高いイメージを持たずに、気の向くままふらっと伏見のまちを旅してみてほしいですね。