
第213回
京都の鳥瞰図(ちょうかんず)

第213回
京都の鳥瞰図(ちょうかんず)

国際日本文化研究センター蔵
京阪的京都ツウのススメ
第213回 京都の鳥瞰図
鳥瞰図に見る京名所
空から街を見下ろすかのように描かれた「鳥瞰図」は、大正時代から昭和時代初期にかけての空前の観光ブームを後押ししました。
鳥瞰図に描かれた京都を、「らくたび」の森明子さんがご紹介します。
鳥瞰図の基礎知識
其の一、
鳥瞰図とは、鳥の視点で空から見下ろすように描かれたパノラマ絵図です
其の二、
鳥瞰図の第一人者は、京都出身の吉田初三郎と言われています
其の三、
鳥瞰図の人気が、京都をはじめとする当時の観光ブームを後押ししました
空飛ぶ鳥の視点で描いた壮大な絵図
鳥瞰図とは、文字が示す通り、鳥が高い空から街を見下ろすような視点で風景や名所を描いた絵図です。飛行機やドローンが発達した現代では、鳥の視点を疑似体験するのは容易なこと。その第一人者と言われる吉田初三郎が鳥瞰図を描いたのは、今から100年以上も昔。日本国内で初めて動力付き飛行機が飛行に成功した年から3年ほど後の1913(大正2)年のことです。京阪電気鉄道の依頼を受けて完成させた『京阪電車御案内』がデビュー作となりました。
デフォルメで際立つ京名所を一望
江戸時代後期に『東海道五十三次』を描いた浮世絵師・歌川広重を彷彿とさせる作品を描くことから「大正の広重」との異名もあった吉田初三郎。自身の足で現地を歩いて積み重ねた緻密なスケッチをもとに、大胆なデフォルメや本来の視界を超える遠景を盛り込むなどした独特の作風が人々を魅了し、大正時代から昭和時代初期にかけての旅行ブームを後押ししました。今回は、鳥瞰図の源流ともいえる近世の洛中洛外図屏風と見比べてみましょう。
人々を旅へといざなった「鳥瞰図(ちょうかんず)」
「鳥瞰図」を一躍世に広めた絵師・吉田初三郎が描く京都を見てみましょう。

宇治市歴史資料館蔵
京都を訪れた皇太子
(後の昭和天皇)が称賛
『京阪電車御案内』
吉田初三郎が京阪電気鉄道の依頼を受けて描いた初の鳥瞰図。1910(明治43)年4月に開通した大阪・天満橋駅から京都・五条駅間と、宇治線の風景が描かれています。発行の翌年、男山八幡宮(現・石清水八幡宮)を訪れた皇太子(後の昭和天皇)が、「これはきれいで解り易い、東京に持ち帰って学友に見せたい」と称えたのを機に、世に注目されるようになりました。
デザインは当時流行したアール・ヌーボー調を意識。初版では、五条から三条間は「市電未成線」とつづられていましたが、1915(大正4)年の延伸後に鳥瞰図もアップデートされました
昭和天皇の即位を祝す
博覧会を記念
『京都圖繪(きょうとずえ)』
1928(昭和3)年の大礼記念大博覧会の3会場(岡崎公園・千本丸太町・現在の京都国立博物館)と京名所の数々を絵図で案内した、吉田初三郎の作品。東は富士山、西は大阪、北は鞍馬山、南は城南宮まで緻密に描かれています。

山青く、水清き都の別天地
『宇治名勝御案内附宇治川ライン』

国際日本文化研究センター蔵
風光明媚な地として平安貴族も愛した宇治の100年ほど前の姿。屋形船が浮かぶ宇治川を中心に、平等院・宇治上神社・宇治神社・興聖寺・橋姫神社など名所の数々が色鮮やかに描かれています。
中心部の周辺には茶畑が広がり、表紙には茶摘み姿の美しい女性のイラストも。茶どころ・宇治の歴史と伝統が見て取れます
Profile
吉田 初三郎
(よしだ はつさぶろう)
(1884-1955年)
京都市中京区出身。三越京都店の友禅図案工などを経て洋画家を目指すも、師の勧めで商業美術家に転身。手掛けた全国各地の鳥瞰図は、約1600点にも及ぶ。
安土桃山時代の「洛中洛外図屏風(らくちゅうらくがいずびょうぶ)」
京の都を俯瞰するように描いた「洛中洛外図」は、鳥瞰図の源流ともいえます。稀代の絵師・狩野永徳による屏風絵を見てみましょう。

米沢市上杉博物館蔵
狩野永徳が描いた傑作
『上杉本 洛中洛外図屏風』
(右隻)
京の都の景観や風俗を高い場所から俯瞰するように描いた洛中洛外図。中でも、織田信長が上杉謙信に贈ったと伝わる狩野永徳筆「上杉本」は、国宝指定の傑作。清水寺・八坂の塔・祇園社(八坂神社)といった名所や、祇園祭の山鉾巡行、京都御所での正月の節会など、人々の暮らしや営みが細やかな筆致で描かれています。
描かれる人物は、六曲一双の屏風全体で、約2,500人。祇園祭の巡行では、鉾を曳く人、囃子方、見物する人々の姿も。身に着ける衣装の色柄まで注目してみましょう

ナビゲーターらくたび 森 明子さん
らくたびは、京都ツアーの企画を行うほか、京都学講座や京都本の執筆など、多彩な京都の魅力を発信しています。
制作:2026年05月
