京阪電車オリジナルDVD「さようならテレビカー ありがとう旧3000系特急車」 特典映像を一部公開!

アンダーグラフ「君が君らしくいられるように」レコーディング風景を撮影したメイキング映像

真戸原 氏

京阪電車オリジナル「旧3000系特急車DVD」第二弾「さようならテレビカー ありがとう旧3000系特急車」のエンディング曲『君が君らしくいられるように』は、アンダーグラフが京阪電車からの作曲オファーを快諾し、このDVDのために書き下ろしてくれた新曲です。メンバー全員が京阪沿線出身のアンダーグラフ。彼らの中で京阪電車は、地元を走る電車として感慨深い存在だそうです。『また帰るから』『夢を乗せて』の二曲の中で描かれる京阪電車は、メンバー全員の原風景を表現しています。さらに今回のオファーで『君が君らしくいられるように』がアンダーグラフの京阪電車イメージソングリストに追加されました。『また帰るから』『夢を乗せて』を含む“京阪三部作”と言うに等しい曲達が、ずっとアンダーグラフのファンに愛されたら、京阪電車としてこれ以上嬉しいことはありません。『君が君らしくいられるように』のレコーディングが終了した3月下旬。ボーカルの真戸原さんが、大阪の天満橋にある京阪電車オフィスを訪れてくれました。エンディング曲が誕生した経緯から、生まれ育った京阪沿線の思い出など、自らの成長を交えて語っていただきました。

京阪電車とアンダーグラフ、初の公式インタビューです。

テレビカーは「定年退職を迎えた恩師」です。

  • ――― 今回はエンディング曲書き下ろしのオファーを受けてくださり、本当にありがとうございました。
  • 真戸原:こちらこそありがとうございます。逆に『僕でいいんですか?』と思いましたよ。オファー内容を聞いたときは本当に嬉しかったです。京阪電車さんから正式にお話をいただくなんて、僕からしてみたらあり得ない話ですから。だからプレッシャーもすごかったです。ちゃんと京阪電車のファンの皆さんに認めてもらえるような曲が作れるかな、と。エンディング曲は本編の最後だからとても大切ですよね。皆さんが抱くテレビカーの良きイメージを損なわないようにしながら、なおかつ記憶に残していただけるような曲をめざしました。
  • ――― 歌詞の世界観には、京阪電車スタッフもグッとこみ上げるものを感じました。
  • 小さな頃、僕にとってテレビカーは憧れの存在でした。どこか素敵な場所へ連れていってくれる、いろんな世界を見せてくれる、というワクワク感を抱いていましたね。そんな小さな頃の自分を思い出して歌詞を作りました。同時に、電車というものは子どもにとって「大人な生き物」だと感じていました。車両のカッコよさ、運転士さんや車掌さんの優しさが、いつもどこかで小さな子どもを見守ってくれているような気がしたんです。その代表がテレビカーでした。引退という形ですが、僕としては定年退職を迎えた恩師のように見送りたい気持ちがあります。

いつまでも忘れない、テレビカーとの切ない思い出。

  • ―――真戸原さんのご実家は光善寺駅だそうですね。
  • 物心ついた頃から光善寺駅の木製ベンチに座って、通過する京阪特急を眺めていました。子どもの頃の電車のおぼえ方は「オレンジと赤の電車は強い!」でしたね。特急はスピードが速いので「特急電車=強い」「普通電車=弱い」と認識していたんです(笑)でも、やはり格別の思い入れがあるのはテレビカーです。光善寺駅を利用する僕にとって、テレビカーは通過するだけで手の届かない存在でしたから。
  • ――― テレビカーとの思い出をお聞かせ下さい。
  • 小学生のとき、甲子園球場へ行くことが何度もありました。そのたびに、光善寺駅から普通電車で京橋駅に着いたらテレビカーに乗り換えるんです。オレンジと赤の車体、シートの感触、車内の匂い、窓から見える景色、走行音、なんといっても先頭部のテレビ…。京橋駅から淀屋橋駅までが、僕にとって至福の時間でした。淀屋橋駅からの帰りも同じく、京橋駅まではほとんどテレビカーに乗っていました。でも天満橋駅から淀屋橋駅までは地下線に入るので電波が悪くなってしまいますよね。だから実質は京橋駅から天満橋駅までのわずかな時間しかちゃんとテレビは見れない。ちなみに今も覚えている番組は「お能の舞台映像」です。とくに興味はなかったのですが、目に焼き付けようとして必死だったんでしょうね。だから、いつか京橋から七条までノンストップでテレビカーに乗りたかったです。歌詞の中の“いつかあなたと旅に出たかった”というフレーズは、この願いから生まれたものです。今でもテレビカーに乗ってみたいという幼心は、昨日のことにように思い出すことができます。
    ちなみにベースの中原(一真)は同乗していたお父さんが居眠りをしたときにわざと起こさず、京橋から七条までのノンストップを体験したそうです。本当に羨ましいですね(笑)
真戸原氏

初めてのデートは、京阪電車で。

  • ――― その後、真戸原少年は京阪沿線で成長していくんですね。
  • 生まれ育ちは光善寺。高校は滝井。大学は寝屋川。まさに京阪沿線一色の環境で育ちました。
    高校生のときに付き合った女の子との初デートは京阪電車に乗って、四条の映画館に行ったんです。観た映画のタイトルは忘れましたが、二人で京阪電車に乗ったことはちゃんと覚えていますね。
    でも実はこの頃から満員電車が苦痛になりはじめました。毎朝の通学がとてもしんどかったです。電車はただの移動手段であって楽しむためのものではない、と妙に“背伸び”をしていた頃です。今考えても満員電車を好きになる人はいないと思いますし、その考えは間違いではないと思います。しかし当時の僕はまだ若くて、京阪電車の優しさを実感することができなくなっていたんです。
  • ――― 京阪電車の優しさとは?
  • とても親切な駅員さんや乗務員さん、車内アナウンスの情報の細かさ、特急券がいらないのに二階建て車両に乗れる太っ腹さ、見るだけで楽しめる個性的な車両バリエーションなど、挙げていけばきりがありません。バンドでプロをめざすために上京してから、京阪電車の良さに気づきましたね。あぁ、僕は恵まれていたんだと。
    たとえば、京阪の駅員さんがお客さんに向けて掲げるメッセージボード。「地元の電車が地元のお客さんに優しい」という当たり前のことが、本当にうれしくて、誇らしく感じるようになったんです。高校時代の僕は京阪電車の優しさに慣れ過ぎてしまって、ありがたみを感じなくなっていたんですね。今の若い子たちに伝えたいのですが、地方から帰ってくると京阪電車の温もりが身にしみて分かるようになりますよ。

京阪沿線出身者にしか味わえない「優越感」がある。

  • ――― そこまで言っていただいて恐縮です。
  • あと、僕は京阪の5扉の車両(注:5000系)も好きなんです。はじめて乗ったときの興奮は今でも覚えています。だって5扉運転中は天井にシートがくっついてて、ラッシュ時間以外はシートが下まで降りてきて3扉になるんですよ。そんなカッコいい電車は京阪以外にあり得ません。だから東京で電車内の映像モニターが導入されたときも友人たちは驚いていましたが、テレビカーを知っている僕にとっては「普通やん」でしたね。もちろん5扉車両も「普通やん」です。だってシートが天井にくっついている車両を知っているわけですから、よほどのことでない限り驚かないですよ。京阪沿線で育った人は、どこへ行っても優越感を味わうことができると思います(笑)
  • ――― では逆に京阪電車に「がっかり」させられたことはありませんか?
  • これは僕だけの特殊な意見であることを理解しているうえで、あえて言わせていただきます。それは「枚方市駅を特急停車駅にしたこと」です。
  • ――― それはビックリです。枚方市出身の真戸原さんがなぜですか?
  • “悔しかった”という表現が正しいかもしれません。京阪特急が地元の駅に停車するようになって、たしかに便利になりました。でも少年時代の僕が好きだった京阪特急は、京橋から七条まで止まらない「潔さ」がカッコよかった。だから枚方市駅が停車駅になることを知ったとき、素直に喜べませんでした。僕の好きだった京阪特急はどこへ行ったのか、となぜか悔しくなったんです。でも、今は普通に乗っていますよ(笑)便利になったなぁって。

テレビカーへの思いは、ずっと忘れない。

  • ――― 最後に、テレビカーと京阪電車にメッセージをお願いします。
  • テレビカーに憧れて、京阪電車のファンになった人が多くいらっしゃるとおもいます。同じくテレビカーに憧れて、京阪電車に入社した人もいると思います。だから京阪電車の皆さんもファンの皆さんも、ずっと忘れないでいてほしいですね。もちろん僕は一生忘れることができません。仮に『君が君らしくいられるように』という曲を作ることがなかったとしても、テレビカーはずっと僕の心の中で生き続けると思います。
    これからも今まで通り、あたたかい京阪電車であってください。そして遠く離れた場所で一生懸命頑張っている京阪沿線の出身者を応援してあげてください。京阪電車の一ファンとして、心から願っています。